梅香里の「見えない凶器」に対する判決
「見えない凶器」、レーダーに映らない米空軍ステルス攻撃機を指してそう言っているのではない。大韓民国京畿道華城市雨汀面梅香里にある梅香里米軍国際爆撃場
(Kooni Fire Range) の上空を飛び交う米軍戦闘機、爆撃機、地上攻撃機、そしてヘリコプターなど、様々な飛行物体が放つ「騒音」のことだと全
晩奎 氏(「梅香里住民被害対策委員長」)は言う。
生活する人々の耳をつんざく米軍演習機の低空飛行騒音、そして続いて聞こえる飛行機から撃ち放つ機銃掃射音。爆弾を満載した飛行機が重々しい轟音と共に攻撃地点めがけて飛び立ち、まもなく聞こえる爆発音。更に、1日の疲れを癒す夜の睡眠を妨げるためにあるかのような夜
間訓練のけたたましい騒音、等々。梅香里には不快な音が蔓延している。それらの音は家屋を破損させ、家畜を驚かせ、そして何よりも人間の鼓膜を激しく振動させた後に深く脳細胞を浸食して、住民達の健康と生命に異常をもたらしている。難聴はもとより、騒音性ストレスによる精神的不安定、ひいては自殺に至るほどの被害に加え、昨今では、少年が友人を突発的に刃物で刺したり、老人達が将棋などの遊技途中に突然相手を傷つけてしまう事件も誘発しているという。「見えない凶器」は確実に人々の生を蝕んでいるのだ。
この「見えない凶器」に対する梅香里住民の訴えに対し、韓国の裁判部は2001年4月11日、『国家は住民達に1億3,200万ウォンを賠償せよ』という住民勝訴の判決を下した。
裁判部は判決文で、
“『梅香里射撃場近隣の住民達が、射撃場で発生する騒音によって、聴力損失、高血圧、ストレス、睡眠不足などの身体的、精神的被害と、子供の教育などに妨害を受ける事実が認定される』として、『射撃場騒音によって発生した住民達の被害は、射撃場の公共性を勘案したとしても許容できる限界を超えたもの』だと明らかにした。…中略…『住民達が航空騒音被害予想地域や工業地域に該当する騒音水準に長期間さらされて被害を被ったという米軍訓練の違法性が認定される』”(【聯合ニュース】'01,4,11)
と明示した。
米軍が韓国に進駐して56年、梅香里での訓練開始から50年の時間を経て、いま初めて韓国の司法によって「米軍訓練の違法性」が宣告されたこの判決文は、今後の韓国社会に及ぼす影響力は甚大なものがある。梅香里と類似する米軍基地による住民被害は韓国全土に広がっており、その一つ一つに対して、この判決文の趣旨に鑑みるとき、「確実に米軍は駐屯し続けられない」状況に追い込まれていくことが明らかなためだ。そして米軍はその準備をすでに開始しているが、それは米軍にとって決して敗北的撤退ではない「効率的統治のための後退」として準備されようとしている。
シュワーツ韓米連合司令官は2001年3月27日、来年度の国防予算を審議する上院国防委員会に参席し、
“『北韓軍は高強度の訓練を実施しながらミサイルを海外に販売している』、『現時点で駐韓米軍は削減してはならない』と強調する一方、『韓半島情勢と関連して一部では、安保状況が変わりつつ、すべてうまくいっていて脅威は無いという主張をしているが、軍司令官として北韓の状況を見るとき、これに同意できない』と明らかにして、『私は北韓の脅威が深刻になっているということを立証できる』”(【毎日経済】'01,3,28)
と説明した。そして同時に、
“『昨年から10年計画に従って米軍の95ヶ所キャンプ中で主要46ヶ所キャンプを25ヶ所に減らすという事業を成功的に進行中』だと明らかにした。”
(【文化日報】'01,3,29)
これは同じ報道で、
“米国の海外駐屯米軍‘贅肉削ぎ戦略’の一環であるこの連合土地管理計画は、『現時点で駐韓米軍の削減は勧告したくない』というシュワーツ司令官の証言にもかかわらず、以降の南北関係の進展による駐韓米軍の位相変化などに対備するための多目的な布石が敷かれたものと解される。”
と伝えられているように、ブッシュ政権による「ミサイル防衛体制」(TMD/NMD)の推進と新たな朝鮮半島戦略を端的に示したものであり、東アジアの平和構築に逆行する極めて危険な策動である。
米軍撤退を導く民衆闘争
2000年5月8日に梅香里爆撃場で起こった米空軍機の事故を契機に、それまで一時的な反対運動の高揚期はあったものの、継続した住民闘争を勝利に導いてこられなかった梅香里では、6月1日に韓米合同調査団が「直接被害無し」の発表を行うや、爆発的な闘争へと発展していっ
た。
勿論、韓国における米軍基地問題に関する運動の発展には時代的な背景が色濃く反映している。それは乱暴な表現ではあるが、韓国民が歴代の軍事政権と命を掛けて闘ってきて勝ち取った「民主化」の流れであり、社会の民主化が進展することと並行してあらゆる情報が共有される
ようになってきたことが最大の特徴だと言える。
長期間にわたる南北の軍事対立は歴代軍事政権の存立基盤であり、その上に米軍が韓国民を支配する構造を形作ってきた。故に、韓国においてどれだけの米軍問題が存在しようと、米軍が韓国民に直接対峙するのではなく、韓国政府が「国家保安法」を盾に自国民を抑圧し続けてきた。つまり、米軍に批判的なものは「北に利する」という単純化した弾圧プログラムが韓国政府によって用意され、実際に熾烈な弾圧として行使されてきたのだ。しかし、韓国社会における一定の民主化は、内部的限界はありつつも権力中枢機構を軍事政権から文民政権へと移行させ、社会全体の風通しが良くなるという現象を生み出した。この社会的雰囲気の変化は、自ずと韓国民をして社会隅々に至るまでの様々な問題に対する関心を高めた。 その中でも環境問題や米軍問題に関しては、それまでの韓国社会で主要な変革課題として位置付けられていた政治の民主化や労働者の権利保障という課題とは別なところで急速度に運動として発展していく。
そのような社会情勢の変化の中、韓国における反米軍基地運動の先駆けともいえる梅香里における反米軍闘争は、韓国社会が民主化への過程を確実に歩みだそうとしていた1988年頃から始まった。
韓国の首都ソウルでオリンピックが開催された1988年、梅香里の一青年漁民であった全 晩奎 氏は、梅香里の実情を社会全体に訴えかけるため、当時、社会的にクローズアップされつつあった金浦国際空港の騒音問題に関心をよせ、現地へと足を運ぶことになる。それ以後、騒音被害問題を中心にした梅香里の住民組織が設立され、米軍基地内に突入する闘争などを展開するが、結局、住民の意識化を充分に行えなかったことや韓国政府の弾圧によって運動は霧散し、全
晩奎 氏は孤立した闘争の中での闘いを余儀なくされていった。ここには、未だ韓国社会における冷戦思考的な政権の存在と、韓国民の中に根深く潜在する親米意識が運動に対する否定的要因として作用したことは事実である。
しかし、20世紀最後の年、韓国社会の親米意識は確実に変化をきたし、また、米国・米軍による韓国支配の構造の中で、韓国民衆は直接自らを弾圧する自国政府とその背後に存在する米国・米軍の姿を明確に闘争対象として認識して闘いを開始した。
全 晩奎 氏は言う、『私は単なる田舎者の一漁民です。しかし、自分が生まれ育った梅香里を愛するが故に、平和な村を騒音と誤爆の地獄に落とし込めている米軍に対して闘わざるを得ず、いつの日からか反米闘士になってしまいました。』と。この全晩奎氏の言葉は、韓国全土に95ヶ所の米軍専用施設が存在し、ありとあらゆる米軍犯罪と土地の収奪、そして不平等な韓米間の安保条約と駐屯軍地位協定がある以上、韓国民誰もがある瞬間を境に必然的に反米闘士になる可能性を示している。
誰もが歴史的快挙と賛辞を惜しまなかった金 大中 韓国大統領による朝鮮民主主義人民共和国訪問がなされた2000年6月、梅香里では韓国民衆の反米軍基地闘争が凄まじい勢いで高揚していた。梅香里住民の闘いを支援する韓国全土から結集した学生、社会団体、宗教界の人々が連日にわたる総力闘争を展開し、いやが上でも韓国社会を根底から揺り動かす震源として注目を浴びるようになった。6月30日には、各界各層の政党、社会団体100余の結集の下に「梅香里米空軍国際爆撃場閉鎖のための汎国民対策委員会」が結成され、全国民的な闘争としての米軍基地反対闘争が韓国社会に出現する。また、並行して発展していた「不平等なSOFA(韓米駐屯軍地位協定)改正国民行動」の運動と共に、この様な韓国社会運動の流れは、時期的に重なった政府次元での南北交流と相まって、韓国民をして民族統一へ向けた意識の変革と、民族統一と背馳して存在する米軍支配に対する大きな対抗潮流として形成されていくことになる。
実弾演習中の基地内に突入して訓練を中断させようとする決死的な闘争をはじめとして、連日に及ぶ梅香里闘争は、国民の関心を高めると同時に、国防部、米軍側の対応策を提示させるなどの確実な勝利を積み重ねながら前進することになるが、その中でも特筆すべきは8月18日に韓国国防部が発表した「総合対策案」である。その内容骨子は、
1)梅香里での陸上射撃演習を中止し、
2)海上爆撃演習では実弾使用を止めて模擬弾のみで行う
というもので、まさに梅香里闘争に対する韓国政府の「敗北宣言」であった。
また、韓国社会の変化を画期的に示した「事件」として、闘争過程で警察に逮捕された運動幹部の裁判を見ることができる。
7月17日、梅香里現地で沖縄の反米軍基地闘争との共同行事で開催された「満月祭り」において、運動幹部4名と住民2名が警察の過剰弾圧によって逮捕された。そしてこの事件の裁判において11月7日に韓国の裁判所は次のように判決を下ろした。
“『米軍射撃場の射撃訓練で地域住民が長期間にわたって各種の経済的、環境的被害を受けてきたが、関係当局が住民被害防止と福利増進に関する特別な対策をうち立てずに放置したことが事件の主要原因』、『この事件でSOFA協定の不公正性を改善する契機が準備された点、梅香里住民被害に対して国民の関心を誘導して関係当局が対策準備に積極的に臨むようにした点などを酌量し、執行猶予と宣告猶予の刑を宣告した』”(【聯合ニュース】'00,11,7)
この判決は明らかに梅香里闘争の正当性を認定したものであり、もはや韓国社会での反共論理を振りかざした米軍擁護の政策は「終わりが始まった」というべき情勢の変化を示すことになった。そして、不平等な韓米駐屯軍地位協定(SOFA)の全面改正に向けた韓国民の運動に追い風となり、すでに進行中であった韓米両政府間の協定改正協商に韓国社会の注目が高まっていくことになる。